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以前、拍手のお礼で載せていた「旅の歯車続編もどき」が出てきたので、こっそりこちらへ載せてみます。
あくまでも「続編もどき」なので続きません(笑
それでも良いよ!っていう方は、どうぞ~


101 : Nameless Strangers
**
 かち、かち、かち。
 音が巡る。少年は目を閉じて、静かに深く息をした。
 規則的に進む歯車の音。そこに鼓動の音が重なった、心地の良い瞬間。こうしている時だけだ。少年が自分の殻を捨て、すぐ近くから、どこか遠くのあらゆる土地にまで、一体化することが出来るのは。
 こうしていると、よく昔のことを思い出す。辛かったことも、幸せだったことも、皆、今はこの世界のどこか、少年には既に手の届かない場所までいってしまったのだ。そう思えてならないほど、あの頃のことが今では遠い。
 窓の外に、小鳥の鳴き声を聞いた。少年にはまるで、それが更に昔を思い出すための手助けをしてくれているようにさえ思える。その鳥が何を話しているのかなど、今の少年には微塵も理解出来ないのだけれど。
 寄りかかった椅子の背もたれが、きぃと軋んだ音を立てる。それと少し間をおいて、ドアベルの音が涼やかに鳴った。
 その背後に、時を告げる鐘の音。もう夕時なのに、店を閉めそびれてしまった。少年はゆっくりと目を開いて、開かれた扉へ視線をやった。
「お客さん。申し訳ないけど、そろそろ店じまいなんです――」
 扉をくぐってやって来た人物と目があって、口をつむぐ。少年が思わず立ち上がると、突然の来訪者は事も無げに笑ってみせた。
「『時売り』なんて、洒落た名前の時計屋じゃないか」
 店に並んだ商品を見ながら、その客は言った。質の良い布で作られたマントをたたむと、腰に帯びた細身の剣があらわになる。健康的な肌に、明るい表情。そのせいで、少年には一瞬、彼が誰なのかわからなかった。
「君は」
 少年が呟くように言う。彼はそれを問いととったのか、もう一度視線を少年へやった。
 意志の強そうな瞳。外見よりは、いくらか大人じみた微笑み。ああ、そうか。間違いない。
「おまえの驚いた顔が見られて、満足だよ。久しぶりだな、時計の守り人。いや、世界の心と言った方が良いのかな」
 聞いて、少年は苦笑する。相変わらずだ。
 遠くへ旅立ってしまっていた思い出達が、今、唐突に少年の所へ帰ってきている。いや、彼がそれら全てを引き連れて、ここまで会いに来てくれたのだ。
「できれば僕が昔、親にもらった本当の名前で呼んで欲しいな。以前はそれを名乗る時間もなかったから、君は知らないだろうけど……。君の今の名前も、聞かせて欲しいな。だってそうだろう? 今更おかしいじゃないか。君のことを『破壊者』と呼ぶなんて」
 時計屋の主人はそう言って、旅人を最高の笑顔で迎えることにした。
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(C)制作手帳 / ブログ管理者 里見 透
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